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ようやく部活も終わって空に一番星が昇り始めた頃、自転車に乗って学校近くにあるバス停を通りかかった所で三蔵の姿を見つけたあたしはいつものように声を掛けた。
「三蔵〜!」
キキキーッと言う、ちょっと甲高い音を立てて自転車は三蔵の目の前でピタリと止まった。
たいして驚くでもなく読んでいた本をパタリと閉じて、こっちをみる三蔵の眼差しは・・・学校での冷酷生徒会長とは思えないくらい優しい。
「今帰り?」
「あぁ。」
「バス、来ないの?」
「ついさっき行ったばかりだから15分は来ないな。」
「運悪いねぇ。」
「煩ぇ。」
これから15分もここで待ってるのも大変だよね。
今日はお弁当も届けてもらったし、ここはやはりお礼の意味も込めて・・・。
「ねぇ三蔵、送ったげよっか。」
「はぁ?」
あ、珍しく驚いた顔してる。
「どうせ隣なんだし、自転車だったらバスで遠回りしなくてもいいから次のバス待ってる間に家帰れるよ。」
「・・・いい。」
「えー何で?折角人が親切で言ってるのに!」
「てめぇがそう言う時は必ず何か企んでるだろうがっ!」
今日はまだ何も企んでなかったのに、そう言われたら何か考えなきゃって思っちゃうじゃん♪
「 何も企んでないってば♪」
「・・・今の間は何だ。」
やだなぁ、幼馴染って・・・こー言う時すぐにばれちゃって。
でもね、いい点もあるんだよ?
「でもね、この後バス待ってたら三蔵がいつも光明おじさんと一緒に見てる番組・・・始まっちゃうよ。」
「・・・放送時間にはまだ間に合う。」
「今日、野球が雨でつぶれた所為で通常放送・・・ってのも知ってる?」
微かに眉が動いたのを見て確信した。
そこまでは流石に知らなかったでしょ?って、あたしも光から電話貰わなきゃ知らなかったんだけどね。
「で、どうする?三蔵?」
「・・・」
「生徒会長が二人乗りなんて校則違反?」
「そんなくだらん校則を作った覚えはねぇ。」
止めていた自転車のカゴに三蔵が持っていた書類のケース(多分生徒会関係の資料)とカバンを放り投げると、何も言わず後ろの荷台に座った。
ちょ、ちょっと待ってよ三蔵!座る場所・・・違くない!?
「ちょっ!三蔵!?」
「何だ。」
当たり前のように後ろの荷台に座っている三蔵は、妙に楽しげに笑っている・・・様に見えた。
「一応聞くけど・・・もしかして、チャリこぐのって・・・」
「お前以外に誰がいる。」
三蔵がいるでしょ!って大声で言おうと思ったけど、今日はお弁当運んでもらったし、しかも教室まで持ってきてもらったし・・・仕方ない、今日の所は大人しく運転手を務めよう。
三蔵に気付かれないようため息をついてから、ちょっと短めなスカートの裾を気にしながら自転車にまたがるとペダルに足を掛けた。
「今日だけだからね!!」
恩があるとは言え、まさか三蔵が本当にあたしと二人乗りするなんて思わなかった。
絶対無視してバス乗ると思ったんだけど・・・本当に見たいんだね、テレビ。
三蔵は普通の男子より痩せていて、細いけどその分身長がある。
いくらあたしが小柄なくせに力持ちと言っても、やっぱり三蔵を乗せて自転車をこぐのは結構厳しい。
「おい!もう少し真っ直ぐ走れねぇのか!」
三蔵が言うとおり、走り初めから右へ左への蛇行運転。
無理言わないでよっ!自転車こぐので精一杯なのに、三蔵があたしの腰に手を回したりするから緊張してそっちでも余計に神経すり減らしてるのにっ!!
「に、荷物は・・・黙って、乗って・・・てよ。」
「誰が荷物だ?」
「三蔵、以外、他に・・・乗ってる?」
ゼイゼイ言いながらようやくあと少しで家・・・という所で、あたしは自転車を止めた。
目の前にあるのは・・・急な坂。
行きは良い良い帰りは・・・辛い、とでも歌ってしまいそうなほど急な坂。
この坂を三蔵を乗せて行くの・・・?額の汗を拭いながら遠い目をしていたら、ハンドルを掴んでいた手を誰かに掴まれた。
そんな事するのは今この場には一人しかいない。
「・・・三蔵?」
「代われ。」
「へ?」
「いいから代われ。」
「でも・・・」
「この坂であんな運転されたら登り切る前に日付が変わるか、病院行きになる。」
そこまで言う!?でも実の所ここまで自転車をこいだ事であたしの体力は殆ど限界。
三蔵に食ってかかる前にあたしはよろよろと自分の自転車の荷台に横座りした。
「・・・おい。」
「んー」
「ちゃんと掴まってんだろうな?」
「つ、掴まってるよ!!」
三蔵のブレザーの尻尾をギュッと掴んでいると、三蔵が突然あたしの両手を掴んで自分の腰に回させた。
「落とされたくなきゃちゃんと掴まってろ。」
「う、うん!」
「・・・行くぞ。」
帰り道いっつも苦労して上る急な坂道は、天下無敵の生徒会長三蔵にかかればまるで平らな道を走っているかのようにラクラク上りきってしまった。
それから200メートルくらいの間、あたしは三蔵の腰に両手を回したまま・・・そっと目を閉じて三蔵の背中に頬をつけた。
昔とは違う、広くて大きな背中に・・・。
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